ハキダメギク(掃溜菊)/キク科/コゴメギク属
北アメリカ原産の帰化種 1〜2年草 花期は6〜11月
大正時代の1920年頃に侵入、1932年に報告(国立環境研究所「侵入生物データベース」)とある。名前の「ハキダメ(掃溜)」とはゴミ捨て場のことなのだが、そんな名前をつけるとは少しかわいそうな気がする。小さくて地味な花であるのは否定しないが、ゴミの中に咲いていればこんな花でも少しは綺麗に見えるというのは酷い話ではないか。
という意味かと思っていたら違った。実際に「掃溜」で発見されたのだ。場所は世田谷区、発見者は植物学者の牧野富太郎氏で命名も彼である。「掃溜」で発見したから「ハキダメギク」では安直な気がするが他にも理由があった。当時のゴミは有機物の生ゴミが主で、やがて微生物により分解されて徐々に地面に染み込む。そうして土中の窒素の量が増える。そのような場所をこの植物は好むという。今ではオシャレで高級住宅街の世田谷区だが、当時はそんなものである。「サザエさん」を読めば当時の世田谷の雰囲気は分かると思う。
諺の「掃き溜めに鶴」とは「ゴミ捨て場のような汚い場所に鶴のような綺麗な鳥がいる」から転じて「つまらない場所にも関わらず美しい人がいる」という意味になる。主に人を、特に女性を指してそう言うことが多い。むさ苦しい男だらけの職場にいる女性などはそう呼ばれることが多い。もっとも最近は男女平等が声高に叫ばれるような時代なので、この諺も死語になるかもしれない。いい表現だと思うけどな。
「死語」と言えば「掃溜(はきだめ)」もそうだろう。老人の私でさえ「掃溜」の記憶はない。今ではゴミはビニール袋に入れて捨てるというのが当たり前になっているが、昔はそうではなかった。では、家庭から出るゴミはどうするのか? その答えは「各町内にある大きな木のゴミ箱に捨てていた」である。袋にも入れず(そもそもゴミ袋自体が存在しない)、台所の三角コーナーの生ゴミなどを持って行ってそれをゴミ箱に捨てるのである。そのゴミ箱の姿形をはっきりとは覚えていないが、黒いコールタールを塗ったゴミ箱があったような気がする。
赤塚不二夫の「おそ松くん」を始め、その時代のギャグ漫画には誰かに追われてゴミ箱に隠れるというシーンがよく出てきた。追っ手をやり過ごしてゴミ箱から顔をのぞかせた時に、頭の上に魚の骨が乗っているのがお約束の表現である。やがて時代が進むと、ゴミ箱からポリバケツにゴミを入れて家の前に出すようになった。高さが80㎝ほどの青い大きなポリバケツだった。そのポリバケツが袋に替わったのは40年ぐらい前だったように記憶している。もっともこれは名古屋の一部の話であって他がどうだったかは知らない。生ゴミを畑の肥料にしたり、そうでないものは焼却していた地域もあるだろう。
カミツレ(上の写真)
カミツレのように白い花びらの部分(舌状花)が小さく、中心部(筒状花)が目立つのはなんだかバランスが悪いなと思うが、舌状花の無いものもいる。上の花はクロスペディア・プロポーサとかゴールドスティックとかドラムスティックとかゴールドスティックと呼ばれている。名前が多いのは業者が名付けた商品名をそれぞれに主張しているからだろう。花に微妙な違いがあるのだろうが、素人には関係のない話である。この花自体、風変わりな花だなと思うが、すでに日本に帰化しているらしい。あれまあ。
今では「掃溜」を見ることはない。ゴミの収集所はあるが、アスファルトの上である。では、なぜこの場所に「ハキダメギク」が生えてきたのか。ここは幼稚園のすぐ南の歩道脇の緑地帯だが、手入れもされず荒れ果てていた。背の低い木が植わってはいたが元気がなく、よく見るイネ科の雑草が目立つ場所だった。数ヶ月前に行政の手が入り、新しい木(おそらく金糸梅だろう。東西に延びるこの道には金糸梅を植えることになっているようだ)が植えられたが、その際に新しい土も入れたようだ。その土に「ハキダメギク」の種子が混入していたのだろう。
右上にわずかに見える柵の向こうが緑地帯であるが、周辺には枯葉が溜まっている。写真の白い花は「ヤノネボンテンカ(アオイ科)」。歩道部分の隙間から生えていた。
「ハキダメギク」と姿形が似ているものに「コゴメギク」がある。どちらか悩んだが「ハキダメギク」にした。この花の茎や葉を触るとけっこう毛深い。「コゴメギク」の方は毛が少ないという。
写真:zassouneko