忍者ブログ

雑草探偵団

おっさんの雑草観察記です。花がどうとか生態がどうしたとかの科学的な興味はあまりありません。興味があるのは歴史や名前です。人との関わりや何でその名前になったのかに興味があります。その辺りを想像や仮定を交えながら書いています。個人の勝手な妄想のようなものですから、あまり信用してはいけません。また、このサイトはライブドアブログとミラーサイトになっています。何かあった時のバックアップです。

ヒナタノイノコズチの罠にはまる

ヒナタノイノコズチ(日向猪子槌)/ヒユ科/イノコズチ属
在来種 90cmぐらい 花期8〜9月

ふつうイノコヅチと言えばヒカゲノイノコズチを指す。他にヒナタノイノコズチ、ヤナギノイノコズチがあるが、名前の通りに日陰を好むもの、日向を好むもの、葉が柳の形に見えるものという意味である。いずれも日本の在来種である。

(ここから括弧内『 』は2015年8月15日に追記したものです。)
『「イノコズチ」は「ズ」か「ヅ」かという問題です。漢字に「猪小槌」=イノシシのコヅチと当てていますので当然「イノコヅチ」だと思っておりましたが、文部科学省のHPによると「ヅ」は「ズ」(あるいは「ヂ」は「ジ」)と表記するようにと記載がありました。これは強制ではないので「イノコヅチ」でも大丈夫なわけです。文部科学省によると「世界中」は「せかいじゅう」、「稲妻」は「いなずま」でも可ということです。当然「せかいぢゅう」も「いなづま」も可です。何だが変な気もしますが、どうやら音声として発音された言葉を文字として表現するときの規則のようです。通常、人は「イノコヅチ」と聞いただけでは「猪小槌」の漢字は浮かんできません。初めて聞く名前なら特にそうです。そこで「ZU」と聞こえたら「ズ」と文字にして表現することを優先したと思われます。そのおかげと言ってはなんですが、以前からの疑問が一つ解けました。それはキーボードで「世界中」と入力するときに、何で「せかいじゅう」で入力出来るのだろうかと、不思議に思っていたからです。「せんたっき」と入力すると「洗濯機」が表示されるような ヒューマンエラーの補正かと思っていました。ちゃんとした理由があったのですね。この文章より上は「イノコズチ」としてありますが、以下の文章では「イノコヅチ」です。
以上、追記分です。』

イノコヅチは漢名では牛膝(ごしつ)という。茎の節の部分がウシの膝のように見えるからだろう。日本では主にヒナタノイノコヅチの根を乾燥させて薬として使用する。月経不調、利尿剤、膝の痛み止めなどの症状に使われる。薬の名前も牛膝とよぶ。

和名の「イノコヅチ」は10世紀頃の書物の「本草和名」に「和名為乃久都知、一名都奈岐久佐」とあり、また「倭名類聚抄」にも「和名為乃久豆知」とあることから「和名イノコ(ク)ヅチ」になったと思われる。和名「イノコヅチ」を漢字で「猪子槌」と書くが、実はこれが罠である。

この植物をなぜ「猪子槌」と書くのかという疑問に対しては、その名前の由来が答えになる。しかし、その答えがおかしなことになっている。例えば「猪の膝という意味で」とあるが、いやいや「猪子槌」のどこから「膝」が出てくるのか分からない。「猪子(多分ウリ坊のことだろう)の膝のように見え(ここまでは納得する)、「それを槌に見立てて」(言ってることがわからない)、えっ膝が槌に見えるか?

そもそも「槌(つち)」はトンカチのことで、頭の部分が木だと「木槌(きづち)」、鉄だと「金槌(かなづち)」である。他の意味があるとは思えない。「猪子槌」も「猪子+槌」としか理解できない。「猪+子槌」と分けると意味がない。「猪+小槌(童話に出てくる『うちでのこづち』)」ではないだろう。猪が小槌を持っている場面を想像すると、それも「有り」かなとも思うが。

他には「猪子着き(イノコヅキ)」が転訛したという説もある。イノコヅチの種子は、いわゆる「くっつき虫」と呼ばれ、衣服や動物の体表にくっついて遠くへ運ばれるのである。つまりウリ坊にくっつくから「猪子着き」ということだが、あきらかに無理がある。イノコヅチの穂はウリ坊の届かない高所に実をつける。身がくっつくのは親猪の方であろう。

ここで「猪子」を「亥子」として考えてみることにする。「亥子」は方角でいえば北北西である。これは関係なさそうだ。調べていくと「亥子」という祭事があることがわかった。岡山、広島では子供達が石や束ねた藁で地面を叩いてまわる行事があるという。それを「亥子突き(いのこつき)」というそうだ。これは地面を刺激してモグラを田畑から追い出す行事といえる。松明を持って田畑を練り歩く「虫送り」に似ている。美輪明宏は「ヨイトマケの唄」の中で、泥だらけになりながら男たちと共に土木工事に従事する母の姿を歌っている。機械もない時代に「地固め」を行うには 、足場に吊り下げられた重い丸太を数人がかりでロープで持ち上げ、垂直落下させるということを繰り返した。その丸太を「槌」という。「亥子突き」の祭事を行う際に、ある 域では亥子槌」という 具を使っていたそうだ。地面 を強く が効果的である それが植物の「イノコヅチ」と何の関係があるのか。実は「亥子突き」を行った場所は、むやみに踏んだりしてはいけないそうだ。神事を行った場所であるから理屈としては頷ける。それが転じた結果、野山で「イノコヅチ」を見つけても近寄ってはいけない、そうしないと種がくっつくぞという戒めになっているという訳だ

と、気の向くままに妄想を膨らましてみたが実際は違うだろう。近代になって「いのこづち」の発音をたよりに「猪子槌」と強引に当てはめただけのような気がする。人は漢字を使って表現するのが好ましいと考えているからだ。だから誤解も生じやすい。コスモスを秋桜と書いて悦に入るのは本人だけでいい。秋桜と誰が最初に言い出したのかは知らない。「芸術的な表現だ」と一方的に提示されても、後世の者が理解できるとは限らない。単語は芸術作品ではなく、そこに求められるのは正確な意味である。「むやみと漢字で表すな」と植物学者の牧野富太郎氏もおっしゃっています。

イラスト:zassouneko
PR