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雑草探偵団

おっさんの雑草観察記です。花がどうとか生態がどうしたとかの科学的な興味はあまりありません。興味があるのは歴史や名前です。人との関わりや何でその名前になったのかに興味があります。その辺りを想像や仮定を交えながら書いています。個人の勝手な妄想のようなものですから、あまり信用してはいけません。また、このサイトはライブドアブログとミラーサイトになっています。何かあった時のバックアップです。

「とうがらし」を「唐辛子」と書いたのは誰だ?/その2/朝鮮編

あの「トウガラシ」を「唐子」でなく「唐子」と最初に漢字で書いたのは誰なのか。

おかしなことを言い出したな、と思われるだろうがこれには訳がある。以下の文章をお読みいただきたい。
「おでんに欠かせない辛子、うどんに欠かせないのは唐辛子である。」
おかしなところはないように思われるだろう。では次の文章はどうであろうか。
「おでんに欠かせない芥子、うどんに欠かせないのは蕃椒(南蛮胡椒)である。」
お分かりだろうが「辛子」という字が使われていない。この「カラシ」は本来は「芥子」で、「とうがらし」は「蕃椒」なのである。それなのにいつの間にか「辛子」という字が使われるようになった。もともと日本語になかった漢字なのに定着してしまったのだ。そこが謎である。この漢字がいつから使われるようになったのか調べているのだがさっぱり分からないのである。

ここで韓国の「トウガラシ」事情を見てみよう(ここから韓国ではなく朝鮮と記述する)。「トウガラシ」は秀吉の朝鮮出兵の際に朝鮮へ持ち込まれたというのが一般的だ。ここからWikipediaの記載を中心に話を進める(一部省略/丸数字は筆者)。

①「持ち込まれた当初、朝鮮では唐辛子のことを倭芥子、若しくは倭椒と呼び、毒があるとして忌避していた」
②「1670年のハングル料理書『飲食知味方』に出てくるキムチは、唐辛子を使用したものは一つも見られない。」 
③「1715年の『山林経済』にて、はじめて唐辛子という単語が現れる。19世紀の文献『閨閤叢書』(1809年)に出てくるキムチを見ると、粉の唐辛子ではなく千切りの唐辛子が少し入れる製造方法が記録が残っており(日本で「朝鮮漬け」として知られている漬物に似たもの)、19世紀前後に唐辛子が使用され始めたことが推測される。」

①で毒があると思われたのは、秀吉勢が「トウガラシ」を燃やした煙で朝鮮側を攻撃したからと考えられている。「トウガラシ」の煙は目や喉が痛くなる。一例をあげる。山伏の修行の一つに「南蛮いぶし」がある。これは室内で「トウガラシ」を燻し、その煙に耐えてお経を読むという修行である。体験談を読むと、この修行が終わった瞬間に新鮮な空気を求めて全員が外へ一斉に飛び出すとある。かなり辛そうだ。山伏に生まれなくてよかった。

③に「唐辛子という単語」と書いてあるので「山林経済」を見てみたが確認できなかった。この本は朝鮮の書物で10巻まである。だが漢字で書かれているので単語だけならどうにか読めるのである。「山林経済四(巻之六)」に100近くの野菜の名が挙げられているが、そこに「唐辛子」は見当たらない。「芥(カラシ)」はあるのだが。どこに載っているのだろうか。最初から最後まで目を通すのは面倒なのである。もし、ここに「唐辛子」と書いてあれば、最初の言い出しっぺになるのだが。

今の韓国で「キムチ」は13世紀からあったと主張する者もいるようだが、それは「トウガラシ」を使用しない「キムチ」という名の「漬物」である。③によると「トウガラシ」を使用した漬物が登場したのは19世紀前後であるが、それは今と同じ赤い「キムチ」ではなく、ピリ辛の「朝鮮漬け」である。
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