ヒエガエリ(稗還り/稗返り)/イネ科/ヒエガエリ属
在来種 1年草 花期は5〜6月 草丈は30〜60cmほど
おかしな名前である。それに人々の関心を引かない雑草であるらしく、いつにも増して情報が少ない。「ヒエガエリ」の解説があるサイトを4つ見つけたが、面白いことがわかった。「稗還り」と表記しているところが2つ、「稗返り」としているところも2つである。そして言葉の意味が載っているのは「稗還り」と表記しているサイトだけで、「ヒエが変わって生じた草」「ヒエから変化したもの」との説明がある。
「還り」「返り」は「帰る」と語源が同じのようで、「出発点へ戻る」という意味があるから、簡単に書くと(A→B→A)である。だから前述の「ヒエから変化した」では、(A→B)または(B→A)のベクトルしかないので「還」「返」の説明がつかないように思う。また、「還」にはひとめぐりして元の場所、状態に戻るという意味もある。「還暦」は最初の干支(生まれたばかりの時の)と同じ干支に
一回りして戻ることであり、「坊主還り」「法師還り」は僧になった人が俗人に戻る(還俗/げんぞく)ことだ。後者は「俗」から「聖」の高み(上位)へ登ろうとしていた者が、いろいろな理由で元の位置(下位)へ戻ったのである。つまり、上位(利用価値がある)の位置にいる「稗」を目指そうとしていた「ヒエガエリ」が願い叶わず、元の低い地位(利用価値のない)に戻ってしまったということだ。「還暦」は出発点に戻ること自体が喜ばしい出来事である。それに対して「還俗」は挫折の意味を含んでいるように思う。「俗世」へのただの「帰還」であるなら、宗教も俗世間も同じ地平にあることになる。それでは宗教の価値がないではないか。
「ヒエガエリ(稗還り)」は「稗」になろうとしたが、なれなかった植物のようだ。だが「稗」も元は「ヒエガエリ」のような雑草であったのを人が改良して今の位置に押し上げたのである。挫折してしまった「ヒエガエリ」に注がれる人々の視線は冷たいものではない。本当に役に立たない草なら「イヌビエ」「カラスビエ」のような動物の名前が付いたはずだ。「ヒエガエリ」という名は、敗者に向けたねぎらいの言葉と言ってもいいだろう。少なくとも「ヒエガエリ」は稗になろうとチャレンジはしたのだから。
写真:zassouneko