マツヨイグサ(待宵草)/アカバナ科/マツヨイグサ属
アメリカ大陸原産の帰化種 1年草 「◯◯マツヨイグサ」とつくのは全て外来種です。
冒頭の写真は海外の無料画像サイト(日本版)を「月見草」で検索して出てきたもの。「オオマツヨイグサ(大待宵草)」か「マツヨイグサ(待宵草)」だと思いますが。周囲が明るいのが気になります。
今の時代なら「ツキミソウは白い花」と断言できます。巷には情報が多くあり、しかも簡単に入手できるからです。江戸時代とは違います。さて、その時代、新たに渡来した「ツキミソウ」に対して「マツヨイグサ」や「ヨイマチグサ」、「ユウゲショウ」などと、幾つも異名をつけています。「ツキミソウ」では花を正しく表していないという不満もあったのかもしれません。いわゆる「ピンとこない」というヤツです。日本にやって来たばかりの新しい花なので、まだ名前が広まっておらず、いろいろな名前で呼んでも問題は無かったのでしょう。夜に開花するという性質を表している名前なら受け入れるということですね。後に似たような花が続々と入ってくるとは想像もしていなかったと思います。
「ツキミソウ」と「マツヨイグサ」が渡来した時期は「明治前園芸植物渡来年表」で知ることができました。そこに「遠西舶上画譜(※下記参照)」という画集が参考資料として載っています。こういった資料があると植物の姿と名前が一目で分かります。これが古い書物ですと植物の名前が古語で載っているだけですから、今の名前を推定するのに手間がかかります。現在、古典といわれる書物(古事記、日本書紀をはじめ)に出てくる植物の名前は大体判明しています。研究者のお陰です。専門家はやっぱりすごいですね。
上の写真:「ヒナマツヨイグサ(雛待宵草)」でしょうか。ちょっと分かりません。
さっそく「遠西舶上画譜(※)」を検索して内容を確認したのですが、白い花(今でいう月見草)を「マツヨイサウ(待宵草)」と紹介しています。そしてすぐ後のページに黄色の花も描かれており、そこには「一種」と記載されています。色違いの花ということですね。つまり作者は「ツキミソウ」よりも「マツヨイグサ」と呼ぶ方を選択したのです。イラスト付きで後世に伝わる資料ですから、いろいろと誤解を生みそうです。
ついでに載っている文章を読んでみました。江戸時代も末期になると漢語で書いてないので助かります。そこに「漢語(中国語)、蘭語(オランダ語)の名前は不詳」と書いてありました。これは考えてみれば当たり前のことで、アメリカ原産なのですから、渡来先で名前を決める必要があります。それがまだ決まっていなかったのでしょうね
(※)旗本の馬場大助が1855年(多分)に発表した自筆の植物図鑑。フルカラーでとてもキレイです。東京国立博物館のデジタルライブラリーで見られます。ただ、コツが必要で「画像検索」のページから「遠西舶上画譜」を検索してください。普通にトップページから検索するとヒットしませんでした。ちょっと不便ですね。また、ページごとのアイコンがズラッと並んでいますので、内容を見るのには一つ一つ「開いて閉じ」を繰り返すことになります。とても面倒です。別の閲覧方法があるんでしょうかね。画像は美しいんですが。
写真:zassouneko