スイセン・ニホンズイセン(水仙)/ヒガンバナ科/スイセン属
帰化種 多年草 花期は12~4月 草丈は20〜40㎝ 学名:Narcissus tazetta var. chinensis
学名の「Narcissus」はギリシャ神話の「ナルシスト」の語源ともいわれる美青年の神「ナルキッソス」のことではなく、「narke=麻痺させる、昏睡、無気力」からきているらしい。それはさておき。原産地はアフリカの北西にあるスペイン領のカナリア諸島といわれ、それがヨーロッパの地中海沿岸へ渡り、そして中国(漢か隋か唐か知らんが)、その後に日本へとやってきたとされている。「キク」や「アサガオ」とともに遣唐使によって持ち込まれたという。これらの花は観賞用ではなく薬草としての効果を期待されて輸入されたのである。当時は医療も未発達でドラッグストアも無いので、病気の治療には植物のアルカロイドに頼るしかなかったのだ。だから、統治者や権力者は必死になって新しい植物を求めたのである。前述した「narke=麻痺させる」は「スイセン」のアルカロイドの仕業であろう。
冒頭の写真のように中央が黄色くなっているのが「ニホンズイセン」のようだ。上の写真は中央が白い。これから色がつくのだろうか。それとも別の種類か。「スイセン」は園芸種がたくさんあるのだ。
学名に「chinensis」とあるから、日本と中国の「スイセン」は同じ種類である。これは中国→日本への渡来を裏付けている。だが、一つ気になることがある。日本には「スイセン」の群落地がいくつもある。福井の越前海岸、淡路島、静岡の瓜木崎などが有名らしいが、これらはいずれも海に面した場所である。この群落の「スイセン」は遣唐使が持ってきたものを植えたのだろうか。だが、それは考えづらい。貴重な薬草を権力者(朝廷)が外へ出すわけがないのである。しかも「スイセン」は種ができず、球根で増えるしかないので管理は容易である。種が広がるように簡単に外部に流出するとは考えづらい。誰かが持ち出したとしても、なぜ海岸沿いに植えたのだろうか。しかも北陸、関西、中部の広範囲に渡ってだ。これらの疑問の答えは一つである。各地にある群落の「スイセン」は中国から流れ着いたものが繁殖したのである。「スイセン」の渡来のルートは2つあったのだ。
渡来の様子や歴史を見てみると「ヒガンバナ」とよく似ている。両者とも同じ科であるし球根で増え、また毒を持っているという共通点がある。繁殖に難(球根でしか増えない)がある彼らがここまで勢力をのばすことができたのは人の力に負うところが大きいように思う。人が花の美しさに惑わされ、繁殖に手を貸したのだ。
写真:zassouneko