ドクムギ(毒麦)/イネ科/ドクムギ属 学名:Lolium temulentum
ヨーロッパ原産(起源は西アジア)の帰化植物 1年草 明治時代に渡来
名前の由来は、小麦によく似ているが「麦角病」を引き起こす恐ろしい麦である、ということだろうが、そもそも「麦角病」の原因になる「麦角菌」に感染するのは、この麦だけでなく他の麦も同じように感染する。学名の「Lolium」は「ホソムギ属」を、「temulentum」は「眩暈をおこす、酔っ払った」という意味で、どこにも「毒」という表現はない。
英語だと「Darnel」「Cockle」であるが、このうち「Cockle」は「笊貝(ザルガイ)」という鳥貝の仲間のことを指す。「笊貝」は日本でも採れるが量が少なく、美味ではあるが市場には出回らないという。愛知県でも採れるらしいが、それにしてもなぜ貝の名前が麦に? 貝の写真を見ると外見上の類似ということも言えなくもないが、確信はない。だいいち見ている貝の写真は日本産のものだから、海外とは形や模様が違う場合もある。次に「Darnel」であるが、検索すると「ドクムギ」としか出てこない。つまり「ドクムギ」という名前で固定されてしまっている。「Darnel」の英語の説明は
「畑や耕作地に生える1年草の雑草で、種に毒を持つことがある」となり、名前に「毒」と入っているわけではないし、「毒」を持つのは「たまたま」であると解説している。
「麦角病」は中世ヨーロッパで多くの人命を奪ってきた恐るべき病気で、感染(実際は毒のあるパンなどを食べての中毒であるが)すると、血行障害がおこり、手足などの体の末端が火に包まれているように熱く感じ、時には幻覚に苦しめられるという。そのまま進行すると手足が壊死して、やがて死に至る。この病気に罹りながらも人々の救済に励んだ3〜4世紀の修道士の名をとって「聖アントニウスの火」と呼ばれることもある。終戦直後の日本でも援助物資の小麦粉が原因で、多くの人がこの病気を発症したことがある。ただ、治療は簡単であって、毒の混入している小麦粉を使わなければいいだけの話である。毒物はやがて体内から排出されてしまうだろう。
病気の原因や感染ルートも判明し、また治療法もあるのに、なぜ、わざわざ「ドクムギ」と大仰な名前がついているのか。もしかすると、これは畜産農家への警告の意味を込めた名前なのではないか。我々が普段口に入れる小麦類は「麦角病」に対して、予防・消毒(農薬)・検査が充分に行われているが、牧草として日本で流通・栽培されている植物までは目が届きにくい。前述したが「麦角菌」に感染するのは「ドクムギ」だけではないのだ。それに牛、馬などは病気に罹っても人に訴えることができないため、どうしても悪化させてしまう。つまり顕著な症状が出てからでないと人は気付かないのである。これらの草は今でも牧草として日本に輸入されていたり、種苗会社が種を売っていたりする。成長が早いので牧畜には欠かせない草ではあるのだ。
畜産農家にこの病気の危険性を知らせるための「ドクムギ」というネーミングではないだろうか。注意を促すために、あえて危険性が分かりやすい名前にしたのではないか。そして「麦角菌」に感染した植物は見た目で判断がつく。感染してしばらく経つと菌の集合体が黒い角のように、植物の表面に現れてくるのだ。この黒い角が「麦角病」の名の由来である。畜産農家はこの黒い角に注意していれば、ある程度は被害を免れる。ある意味「毒(のある言葉)を以て毒を制する」といえるだろう。ちょっと強引な締めだったか。
zassouneko